モデルケース:永瀬先生

  

永瀬先生のこれまでのあゆみ

平成15年3月
新潟大学医学部卒業
平成15年5月
浜松医科大学附属病院眼科医員
平成16年4月
聖隷浜松病院眼科医師
平成18年4月
磐田市立総合病院眼科医師
平成21年2月
成田記念病院眼科医師
平成21年4月
成田記念病院眼科医長
平成23年2月
浜松医科大学付属病院眼科助教

永瀬先生の研修医時代の体験記

永瀬先生が研修医時代に書かれた、レポートです。

‘見える’ことに対する驚きと喜びで輝く患者さんの笑顔を見る幸せ

眼科医として2年目を迎え、時が経つのは早いものと感じています。なんで眼科医になったのかと聞かれることがよくありますが、私は大学卒業の数カ月前までどこの科に行こうかと悩んでいました。自分が強度近視であること、医局の雰囲気がよかったこと、自分の時間が持てそうなことなどを含め、最終的には勢いで決めました。結婚は勢いとタイミングといいます(?)が、進路を決めるのも同じ事なのかもしれません(まだ結婚していませんが・・・)。こうして眼科医としての道を歩み始めました。

大学での研修医としての一日は細隙灯の掃除から始まります。このときはまだ半分寝ていますが、その後病棟に上がり患者さんに挨拶する頃にはキリっとしています。入院患者さんの診察が終わった後、外来が始まりますが、研修医は視力検査、視野検査、眼底写真撮影(蛍光眼底造影を含む)等を行ったり、予診をとったりします。検査は視能訓練士に任せればいいのではと思うこともありますが、眼科医として検査を“やらせてもらえる”のは大学で研修をしているときだけです。実際、市中病院医勤務するようになると診察のみを行い、検査を行う事はまずありません。検査の方法、意義、必要性、患者さんとのやりとり、視能訓練士の偉大さなど、学ぶことは多くあります。外来終了後、病棟業務を行い一日が終わりますが、曜日により手術、教授回診、カンファレンスが行われます。

眼科の診察は主に細隙灯と倒像鏡を使って行われます。最初は研修医同士で練習するのですが、これが眩しくて眩しくて泣けてきます。患者さんの気持ちになれとはよくいったものです。患者さんの中には、眩しさのせいか「本当に診察を受けにきたの?」と疑いたくなるくらい閉瞼が強く、一体どうすればいいんだろうと頭を抱えてしまうこともあります。

ご存知のとおり、眼科は外科です。顕微鏡下にて白内障、緑内障をはじめとして多くの手術を行います。白内障の手術は比較的短時間に終わるし、実際に簡単そうにみえるのですが、実はかなりの技術が集約されています。ときどき、豚眼を使用しての白内障手術の練習機会があるのですが、顕微鏡の操作や器具の使い方すらままならない研修医がやると眼が大変はことになります。入局して数カ月すると白内障手術の助手をさせてもらえますが、初めは結膜縫合の糸を切ったりするだけでも手が震えるものです。

眼科の魅力の一つとして、治療効果が目にみえてわかるということが挙げられます。白内障手術の翌日、“見える”ことに対する驚きと喜びの輝かしい笑顔で感謝されることがよくあります。私が結膜縫合の糸を切ったのがそんなに効果があったのかと思いつつも、幸せな気持ちになれます。もちろんこのような方ばかりではありませんが、人間に入ってくる情報の9割ともいわれている“見る”という機能の大切さは自分の想像以上だったと感じています。

研修2年目となり、市中病院医勤務することとなりました。外来診察も担当させていただき、責任を感じるとともに眼科の魅力にますます惹かれている日々です。よき先生方にも囲まれ、眼科医という選択をして本当によかったと思いつつ、これからも頑張っていきます。

キャリアを積み重ねて

永瀬先生が眼科医となり10年目を迎えられて、これから眼科医を目指す皆さんにアドバイス頂きました。

5年後、10年後を見据えながら日々過ごしていけばさらなる成長に繋がる

眼科医となり早くも10年目となりました。出身大学は新潟大学ですが地元が静岡県内であり将来的に静岡に住みたいということで戻ってまいりました。静岡は気候、人ともに温かく、Uターンする人が多いというのもうなずけます。

さて、眼科医となり何を学び身につけていくのでしょうか。私はどちらかと言えば消極的で敷かれたレールがあればそこを進んで行くタイプです…。そんな私の10年を振り返るとまずは大学病院での研修医時代、ここでは診察力はさておき眼科診療の流れ、病棟や手術部との連携、患者さんやスタッフとのコミュニケーション、上司への気の遣い方などを学びます。医療の現場でもどの分野でも新社会人としての礼儀を学ぶというのは大切なことですね。そして2年目にして初めての外病院(関連病院)への配属。ここでは医者ってもてるなと実感…そうではなくて、初めて自分の外来診療の枠をもつことができました。もちろん経験、知識ともに不足している状況で、上司の先生方に助けていただきながらなのですが、モチベーションとしてはかなり上がります。外病院に出て2年、ようやく白内障手術が何となくできるようになり、初めて一人でできた時の感動は今でも忘れられません。次に配属された病院では診療、手術の経験を重ね、専門医を取得することができました。その次に配属された病院では専門性を高めるため、硝子体手術を学び始めました。その後大学に戻り診療、白内障や緑内障、硝子体の手術、後輩の先生方や学生の教育に携わりながら日々過ごしています。

浜松医大の医局の研修プログラムは素晴らしく、消極的な私でも周りの方々に支えられながらここまで成長(?)することができました。今からスタートを切る先生方は少し積極的になり、5年後、10年後を見据えながら日々過ごしていけばさらなる成長に繋がるのではないかと思います。ではまた浜松医大の眼科でお会いしましょう。